少し前になりますが、4年に一度のお祭りが終わりました。
我らが日本はベスト32でブラジルに敗れ、今回もノックアウトステージ初戦の壁を越えられず。日本以外で応援していたポルトガルもベスト16で敗退。個人的には、なかなか期待どおりにいかない大会でした。
今回のワールドカップは、従来から運用面が大きく変わった歴史的な大会でした。参加チーム数は、32チームから48チームに拡大。試合数は64試合から104試合に増加し、米国・カナダ・メキシコの史上初の3カ国にまたがる共同開催となりました。また、試合の前半・後半それぞれの中盤には「ハイドレーションブレイク」(飲水休憩)が設けられました。
今回は、これら新たな施策に対する所感を中心に、今回のワールドカップがサッカー界に与えた余波にも言及しながらつづってみたいと思います。
FIFAワールドカップ2026で導入された主な変更点
48チーム制で広がった可能性と競技性の課題
48チーム制となったことで、これまでは本大会への出場が叶わなかった国も参加できるようになりました。新たな国のサッカーや選手を発見できたことはポジティブでした。
大会最大のサプライズとなったカーボヴェルデは、私のようにポルトガル語圏研究の経歴がある人間にとっては馴染みのある国ですが、おそらく多くの人にとっては、初めて耳にする国だったのではないでしょうか。そのような国が決勝トーナメントに進出し、ディフェンディングチャンピオンのアルゼンチンをあわや敗退まで追い詰めたのは、今大会最大級のエンターテインメントでした。ほかにも、DRコンゴ、ハイチ、キュラソー、パナマなど、これまで出場機会がなかった/極端に少なかった国々にとっては、世界中に自国の名前を売り、その価値を高める一助となる大会でした。
一方で、競技性との両立については課題が残りました。前述のハイチ、キュラソー、パナマは1勝もすることなく大会を後にしました。また、これまでの大会では、各グループの1位と2位が決勝トーナメントに進出できるレギュレーションでしたが、今回はグループ3位のチームにもチャンスが残されました。
具体的には、3位となった12チームのうち、成績上位の8チームが決勝トーナメントに進出できるというものです。従来の大会では、2勝して勝ち点6以上、もしくは1勝2分の勝ち点5が、決勝トーナメント進出のひとつの基準でした。1勝1分1敗の勝ち点4の場合は突破と敗退が分かれることが多く、グループステージの最終節まで緊張感が保たれやすい仕組みでした。一方で、今大会では、3位となった12チームのうち半数を超える8チームに決勝トーナメント進出枠が与えられました。結果として、グループ3位で勝ち点4を獲得したチームはすべて決勝トーナメントに進出しました。48チーム中32チーム、約3分の2ものチームが次のステージに進めてしまうと、グループステージと同水準の試合をベスト32で行ってただ試合数を増やしているだけというか、大会形式で競技を行う意味合いが薄まってしまう印象は否めませんでした。
ハイドレーションブレイクがもたらした商業面と競技面への影響
ハイドレーションブレイクは、商業と競技両面から影響の大きい運用変更でした。
商業的なメリットは、3分間のブレイク中にCMを挟めるため、広告枠が増加することです。BBCによると、広告は各ハーフの中間地点における3分間の中断を告げる審判の笛が鳴ってから、20秒後に開始できます。一方で、試合再開の30秒前までには終了しなければなりません。つまり、各ハーフで約2分間、試合全体では4分間ほど広告を表示する機会が生まれます。したがって、各国の放送局ごとに、1試合あたり最大8つの30秒広告枠が追加される可能性があります。大会は全104試合となるため、大会開始から終了まで合計832枠となります。
BBCが紹介した専門家の推計では、FOX Sportsにおける30秒広告の平均価格は20万~30万ドルで、米国代表戦や大会終盤では75万ドルに達するケースもあったとされています。仮に全832枠が平均30万ドルで販売されたと仮定すれば、広告在庫の総額は単純計算で約2億4,960万ドル、約400億円規模になります。
※すべての枠が同額で販売されたと仮定した試算であり、FOXの実際の追加収益を示す数字ではありません。
一方で、時間としては3分間もあるためハイドレーションブレイク中に監督が選手全員を集め、十分な戦術修正を行えるようになりました。その結果、サッカーがアメリカンフットボールのような4クオーター制になった、という意見も散見されました。あわせて、弱者が強者を脅かすようなサプライズを見せても、各ハーフの途中で修正が可能となったため、強者側が試合中に立て直す機会が増え、アップセットが起きにくくなったのではないか、という見方もありました。もちろん、ハイドレーションブレイクと強豪国の勝ち上がりとの因果関係を示すデータがあるわけではなく、FIFAのアーセン・ベンゲルは大会結果への影響を否定しています。それでも、ベスト4にFIFAランキング上位4カ国が揃ったという珍しい結果もあり、「強者に立て直す時間を与えるのではないか」という議論を象徴する大会となりました。
大会改革がサッカー界に与えた影響と今後の課題
FIFAとUEFAの対立
全体として、世界のサッカー界で商業化が加速する中、「利益」と「理念」のバランスを取ることの難しさが表れた大会だったと感じました。
FIFAのハイドレーションブレイク全試合一律導入に否定的なUEFA(欧州サッカー連盟)は、自らが主催するチャンピオンズリーグやEURO(欧州選手権)では同様の方式を採用しない方針を示しました。
大会後には、FIFAがワールドカップなどの商業権を担う新会社を設け、その株式の一部を民間投資家に売却して巨額の資金を調達する計画を発表しました。この動きに対して、UEFAは「サッカーの魂を売り渡す行為」だとして、全会一致で猛反発。この計画の完全撤回と、同様の構想を繰り返さないことが保証されない限り、FIFA主催大会をボイコットすると表明する事態となりました。結果的にはFIFAが計画を撤回しましたが、今大会とその余波を含めて、「利益」vs「理念」の対立を端的に表した一幕でした。
利益(Profit)と理念(Purpose)はどう折り合いをつけるべきか
この議論は、ビジネスの世界における、あらゆる業種・業態で発生するものだと思います。分かりやすい例が、サステナビリティやESGの世界でしょう。「地球環境のために」という理念は疑いようもなく重要です。しかし、現実に目を向けるとコストがかさむため、どこに妥協点を見いだすのかは多くの組織が抱えているジレンマでしょう。その中でサステナビリティやESGに対してドラスティックに取り組む組織では、短期的な利益悪化をある程度受け入れてでも理念を優先し、そのうえで、中長期的に利益も生み出せる構造やスキームを構築していく折り合いのつけ方をすることもあります。
今大会では、米国型のスポーツエンターテインメントや商業主義的な発想が、これまでのサッカー文化とぶつかる場面が多く見られました。そして大会後には、FIFAによるさらなる商業化の動きに対して、UEFAのみならずAFC(アジアサッカー連盟)やCONCACAF(北中米カリブ海サッカー連盟)からも強い反発が起こりました。来年にはFIFA女子ワールドカップ2027(ブラジル大会)も控えています。今年の一連の騒動を踏まえ、この「利益」と「理念」をめぐる緊張関係が収束していくのか、それともさらに深まるのか。引き続き状況をウォッチしていきたいと思います。
