はじめに
2026年1月、ポルトガルの有名サッカークラブ「FCポルト」が、立て続けに海外サッカースクールの開校に関するWEBリリースを掲出しました。
1月10日に、アフリカのカーボベルデでの新規開校を発表しました。同クラブはすでに、ブラジル、ジンバブエ、トルコ、メキシコ、キプロスでスクール展開をしているようですが、このカーボベルデ校については、「2026年に発表予定の4つの新しい国際スクールの第1弾」としています。そして、おそらくその第2弾として、1月24日に早くも 、同じアフリカのモザンビークにおけるスクール開校もリリースしました。
この一連のニュースから着想し、「Jクラブによる海外サッカースクールの開校」について、深掘って考察したいと思います。
Jクラブが海外でサッカースクール開講を検討する際に検討すべきポイント
「現地サッカースクールの開校」 は、Jクラブが海外への事業展開を模索する際に、その多くが一度は検討する施策でしょう。特にアジア市場においては、日本サッカーへの信頼感が一定あります。そのスタイルや運営方針を強みとして現地の子どもたちを集客できれば、直接的なスクール売上に加えて、将来的な現地ファンやスポンサーの獲得、ブランド拡大とグッズ売上の獲得、選手発掘などにも発展するかもしれません。このような青写真を描いて進出を検討することでしょう。
しかし、ビジネスとして冷静に数字を置いてみると、見え方は少し変わります。結論から言えば、海外サッカースクールは、単独拠点では投資対効果とリスクのバランスが難しい事業と考えています。
売上のシミュレーション
例えば、アジアのどこかの都市で、Jクラブがサッカースクールを開校するとします。
月会費は、1人あたり1.5万円で仮置きしましょう。
日本のクラブブランドを活用し、一定の品質を担保するスクールであれば、富裕層や中間層(特に、外国人や日本人駐在員)向けにこの程度の価格帯を狙うことは十分に考えられます。
では、1拠点でどの程度の売上が立つのでしょうか。
子どもたちは学校が終わった後にサッカースクールに通うものと想定します。
したがって、平日のスクール運営時間は概ね17:00-21:00の4時間に限られます。
1クラス15名として、1日1時間(クラスの入れ替え時間を含む)を4コマ。
これで1日の合計人数が60名となります。
ひとりのコーチがワンオペで対応するとしても、当然ながら休日が必要です。
コーチの稼働が週5日とすると、延べ参加者数は1週間で60名×5日の300名になります。
ただし、これは延べ人数ですので、1人の子どもが週3回通うとすれば、実際のユニーク会員数は100名です。
月会費1.5万円 × 100名。つまり、上記のように稼働率が最大になった場合、月商は150万円となります。
海外に1拠点作り、現地でグラウンドを押さえ、コーチを派遣し、運営体制を整えても、稼働率が100%でようやく月商150万円。決して小さな数字ではありませんが、クラブビジネス全体の新規事業として見ると、かかる労力に対してはそこまで大きな売上規模とも言えないのが率直な印象です。
費用のシミュレーション
次にコストサイドを見てみましょう。
まず、最も大きいのが専任コーチの人件費です。Jクラブのブランドを傷つけるわけにはいきません。立ち上げ当初のコーチの人選が、その後のスクールブランドを左右するでしょう。したがって、クラブから安心して任せられる日本人コーチを派遣すると想定します。海外に赴任してもらい、かつ月会費1.5万円に見合う指導品質を出せる人材を採用or派遣するなら、月30万円だと難しい可能性があります。現在の人材市場や海外赴任の負担を考えると、予算は月40万円と見ておきたいところです。
さらに、コーチが現地語または英語に十分対応できない場合、通訳が必要になります。その人物にサッカーの指導だけではなくスクールの運営業務・事務のサポートをしてもらうとすると、月30万円は見込んだ方がよさそうです。
グラウンド利用料もかかるでしょう。仮に2時間1万円、1日2万円とします。
週5日、4週間借りると、月40万円。意外と負担になります。
加えて、簡易的なオフィスや事務所スペースに月10万円。
最後に、用具の購入費など雑費として月10万円は見込んでおきます。
すると、費用概算は以下のようになります。
通訳人件費:30万円
グラウンド利用料:40万円
オフィス代:10万円
雑費:10万円
合計:130万円
利益 vs リスクや工数とのバランス
月商150万円に対して、コストは130万円。月の利益は20万円です。
数字だけ見れば、黒字ではあります。しかし、これはスクールがフル稼働した場合の数字です。1クラス15名を安定的に集め、週5日しっかり回し、会費も滞りなく回収し、コーチも通訳も離職せず、グラウンドも安定的に確保できる。そうした前提があって、ようやく月20万円の利益を稼ぎ出します。
(※なお、ユニーク会員ごとの参加頻度を週3回ではなく週2回にすれば、月商225万円・利益95万円までは見込めますが、集客の難易度は当然に上がります)
さらに、海外のサッカースクール市場には、先ほど紹介したFCポルトよりもさらに巨大な有名クラブも参入しています。レアル・マドリード、バルセロナ、リバプール、パリ・サンジェルマンなど、世界的なブランドと比較される市場で戦うことになります。Jクラブに育成面の魅力があることは間違いありません。しかし、現地の保護者から見たときに、これら世界的なビッグクラブの名前とJクラブの名前が並んだ場合、ブランド認知で劣るケースは多いでしょう。海外スクール事業において「日本式育成は価値がある」という前提だけでは競合に勝てません。彼らを差し置いて、なぜJクラブのスクールが選ばれるのか、明確な理由を作る必要があります。
上記のような競争環境のリスクに加えて、海外事業において留意すべきは、運営上のリスクや工数でしょう。
会員離脱のリスク、会費未納のリスク。その場合の会費徴収にかける工数。
コーチや通訳の離職リスク。指導者および生徒のコンプライアンスリスク。
コーチのビザ取得や更新の手間。場合によっては、就労ビザだけで数万円から数十万円かかる可能性もあります。
スクール事業は、ピッチ上の指導だけで成り立つわけではありません。むしろ、安定運営のためにはピッチ外の業務が多く発生します。
保護者対応、会員への日常的な業務連絡、会費管理。
グラウンドの調整。集客のための発信やプロモーション業務。
本部(Jクラブ)への報告、トラブル対応。
コーチが日中にすべて対応できるのであればよいですが、優秀な指導者が必ずしも事務処理や営業、マーケティング、現地折衝に長けているとは限りません。むしろ、そこまで求めると採用の難易度は一気に上がります。ここが海外スクール事業の難しいところです。「日本人コーチを1人置けば回るだろう」という設計ではリスクがあるのです。通訳兼務の現地スタッフをそのサポートに置くとしても、この人物にスクール運営の成否が依存してしまいます。
勝ち筋は「クラブ単独での1拠点運営」ではなく「協業による多拠点展開」に
1拠点運営はコスト効率が悪く、リスクも分散されておらず、事業として安定性に欠ける。個人的な仮説としては、最初から多拠点モデルを推進する座組みを形成できれば、勝ち筋はあると思っています。
そのような成功モデルを築く上で重要なのが、信頼できる現地パートナーです。FCポルトのリリースにおいても、カーボベルデ校は、EFAT(Associação Escola de Futebol Achada Grande Trás)という街クラブの運営団体と協業しているようです。モザンビーク校も、同国プロ1部リーグで実績のあるクラブ「Associação Black Bulls」と協業すると明記してあります。
ビジネスパートナーがスポーツ系企業なのか、現地のプロクラブなのか、街のサッカークラブなのかは、各クラブの戦略やコネクション次第で異なります。
とにかく、Jクラブから派遣するコーチが全クラスを直接教えるのではなく、 現地スクール全体の品質管理者として配置する。実際の日々の指導は、現地コーチにトレーニングメソッドを落とし込み育成しながら実施していく。その人選をビジネスパートナーが持つ人材プールから検討する。現地の会場事業者や保護者との折衝、会費の集金業務や、新規入会に向けた集客・プロモーション業務などは、現地の事情に精通したビジネスパートナーの助けを借りる。ビジネスパートナーが保有するグラウンドを活用できれば、前述のコストシミュレーションで要した利用料40万円はなくなり、利益率も改善するでしょう。(別途、当該パートナーへの手数料やレベニューシェアは発生するものかと想定しますが)
このような座組みであれば、複数拠点への展開が現実的となります。専任コーチの固定費を薄め、人材リスクや現地折衝の工数も軽減するなど、規模のメリットやリスク回避が見込まれます。一方で、ここまでの座組みを組んだとしても、現地での集客に苦戦するJクラブ海外スクールがあるとも聞きます。それほどまでに海外事業は不確実性が高く、簡単に安定させられるものではありません。
海外スクール事業は、ブランド拡大、現地ファンの獲得、将来的な選手発掘など、多くの可能性を持つ事業です。しかし、単独1拠点で見ると、収益性は決して高くなく、運営リスクや人的負荷も小さくありません。だからこそ、Jクラブが海外スクールを本気で事業化するのであれば、「どこに開くか」以上に、「誰と組み、どのような仕組みで拡大するか」が重要になります。海外展開の成否は、クラブのブランド力だけではなく、現地で継続的に回る事業モデルを設計できるかにかかっているのではないでしょうか。
