現場エンジニアがデータを活用する事で劇的に生産性が向上
これまで、生産現場では勘と経験と度胸が重要と言われ、熟練者が改善活動を主導してきました。
カンバン方式で有名な大野耐一氏も、書籍「トヨタ生産方式」で、情報が多すぎると現場は混乱してしまうため、無闇にデータを使うものではないと指摘していました。
そんな現場の先入観を覆すように、私が取り組んだ現場ではIoTデータを活用する事で、生産現場の改善スピードが劇的に向上し、生産性を向上させることができました。
デジタル技術の活用というと、データサイエンティストなどの専門家が主役となり、これまでの現場の人間の仕事を奪うという印象を抱きがちです。
しかし、この生産現場では、現場のエンジニアがデジタル技術を駆使して、課題を瞬時に把握し、その解決策を現場の創意工夫によって解決するサイクルがうまく回っています。
注目すべきポイントは、デジタル技術を駆使しているのは、データサイエンティストではなく、現場のエンジニアだということです。
つまり、デジタル技術と現場の経験値の両方の強みを発揮し合う事で成果を上げているのです。
なぜこのような結果を得ることができたのか。
今回のコラムでは、 その「データの処理方法」に着目してご紹介します。
集計データからは結果しか分からない
これまで、生産現場のデータ活用というと、1日あたりの生産量や、時間あたりの生産量など、集計データによって状況を把握していました。
特に、データサイエンティストなどの統計家は、数字を統計解析するなどして、代表値を導き出して、すぐに判断する事を好みます。
現場からすると、時間を掛けて汗水流した労働をたった一つの数字で評価されるのも、気に食わない話でしょう。
そして、集計データからは、いつもに比べて生産性が向上したり、悪化したりしている事は把握できますが、なぜ生産量が悪化したのか、どのようにすればより向上するのか、原因を把握する事はできません。
こういったデータ活用のアプローチだと、 現場にとっては、データは自分たちの監視に使われるだけで、自分たちにとって有益な情報を提供してくれるものではないと言う認識となってしまいます。
そのため、生産現場のデータ活用などは毛嫌いされていました。
生産現場で原因を探すための情報
一方で、生産現場のエンジニアたちが求めている情報もあります。
それが、生産性向上のヒントとなる情報です。
このヒントを探すため、生産現場ではラインに問題がないか常にチェックし、設備にも問題があるとアラートを発するような仕組みを仕込んでいます。
こういったアラートを含めて、生産装置ではログデータとして出力されていて、その中には、「何時何分に生産開始」などの細かい情報も記録されています。
ただし、このログデータは情報量が多すぎるため、アラート発生時には活用されますが、それ以外のほとんどが使われないまま数日間の内に上書きされており、活用しきれてないデータでした。

イベントデータを集計せずに全てを見える化
我々はこの大量のログデータを、集計するのではなく、俯瞰的に生産現場のモノの流れが把握できるように見える化しました。
具体的には、「プロセス」と「時間」のマトリクス上に様々なデータを重ねてマッピングする事で、モノの流れやアラートの発生の様子を把握できるようにしました。
これは、データを集計するのではなく、生産現場でモノがそれぞれの工程をどのように流れていったのかを把握できるようにする仕組みです。
すると、エラーでモノが滞留している様子だけでなく、エラーが発生していない箇所でもモノが滞留している様子など、これまで集計データやアラートだけでは把握できなかった課題が把握できるようになりました。
このように、イベントデータを俯瞰しやすいマトリクスにマッピングする事で、起きている事象の流れをコンテキストとして表現する事ができたのです。
コンテキストの解釈には人が不可欠
しかし、このイベントデータの見える化には課題もあります。
データを見える化しただけでは、根本解決にはなっていないのです。
どこに滞留が発生しているかは数値化されているわけではなく、自動的に問題点を検出できているわけでもないため、問題の場所を探すのも、その解決策を講じるのも、現場のエンジニアがしなければなりません。
これは一見問題点とも取れますが、現場のエンジニアにとっては、AIに指示されるよりも、この取り組みの方が親和性が高く、良好な成果を出すことができました。
自分たちの仕事の成果も余すことなく見える化され、日に日に流れが綺麗になることも、生産現場のモチベーションを向上させました。
また、生産現場の状況は日々変化するため、一旦問題点を検出する仕組みを開発しても、生産現場の改善スピードが早すぎて、その検出ロジックが当てはまらない可能性があります。
実際、我々が担当した現場では、想定以上に改善スピードが早すぎたため、時間あたりの生産量が我々の想定範囲を超えてしまった事がありました。
デジタル技術は道具でしかない
デジタル技術の活用というと、人間の代替をイメージし、仕事を奪われると身構えがちです。
しかし、デジタル技術単独では限界があり、人間と協力しないとその能力を発揮できないのが実態です。
現時点では、デジタル技術単独で専門家と置き換えるのではなく、デジタル技術が専門家をサポートするようなアプローチが、デジタル技術の恩恵を受けやすいでしょう。
デジタル技術によって専門家に余裕ができると、その結果、これまで専門家が時間の制約で着手できなかったより高度な業務が生まれます。
馬車の運転手が車の発明によって馬の面倒を見る時間から解放されると、車の快適な室内空間作りや、より安全な運転という新たな価値を生む業務が生まれました。
今後は、デジタル技術によって、また新たな価値を生む業務が生まれる事になるでしょう。
我々は、そんな新たな仕事作りも併せてデジタル技術の導入を提案させてもらっています。