「サッカー×ビジネス」キャリアの築き方、第2回目はサッカークラブにおける「ビジネス部門のスタッフ」について、ご紹介いたします。
本題に入る前に、本連載の「前提」を振り返ります。
※本連載の全ての記事において、冒頭に「前提」を明記します。記憶が新しい方は読み飛ばしていただいて構いません。
連載の前提
■内容
「サッカー×ビジネス」というキャリアの築き方について、スポーツ部門(強化部)の周辺ステークホルダーから考えられる職種、就職の方法、得られる機会、注意点、ネクストキャリアの可能性など
■ターゲット
国内外の有名大学を卒業予定で将来はサッカー/スポーツビジネス業界でキャリアを築いていきたい学生、または、その延長にいる若手社会人
■コンセプト
単なるお仕事図鑑ではなく、スポーツ部門にいながら感じた現場のありのままの情報を届けること(情報の全体感より深さを優先)
上記を前提として、本文をご一読いただけると幸いです。
「サッカー×ビジネス」のキャリア:②ビジネス部門のスタッフ
▶ビジネス部門の大枠理解
サッカークラブの「ビジネス部門」は、前回ご紹介した「スポーツ部門(強化部)」とは「対」の関係と見なされることが一般的です。つまり、双方をサッカービジネスの「事業」と「競技」という「両輪」であると表現することが多いです。(個人的には、事業と競技は切り離せない「表裏一体」という感覚であるため、「両輪」という表現は違和感がありますが、一旦はこの一般的な「両輪」という感覚を掴んでいただければOKです)
ビジネス部門の業務機能は、一般的な事業会社と同様に「フロントオフィス」と「バックオフィス」の2つに大別されます。
■フロントオフィス機能:
「営業」「チケット」「グッズ」「ファンクラブ」「ホームタウン」「スクール」など
■バックオフィス機能:
「広報」「試合運営」「人事」「経理」「法務」「総務」「施設管理」など
多くのJリーグクラブには上記のような業務機能が備わっています。その中で、クラブによっては、複数機能が1つの部門に集約されていたり、もしくは、単一機能が独立部門として運営されていたりします。
スポーツ部門を含む各部及び機能が持つ目的を整理すると、原則として下記の通りとなります。
■ビジネス部門のフロントオフィス機能は、売上/利益に責任を負う
■ビジネス部門のバックオフィス機能は、経営資源の管理に責任を負う
(「経営資源」=主に、ヒト・モノ・カネ・情報)
■スポーツ部門は、チーム資源の管理と競技成績に責任を負う
(「チーム資源」=プロチームにおけるヒト・モノ・カネ・情報と定義します。理解を促進するための造語です))
ちなみに、サッカークラブ職員のことを「フロントスタッフ」と呼ぶことが多いですが、個人的にはあまり好きな表現ではありません。そのように感じる理由は以下2つです。1つ目に、スポーツ部門のスタッフ(例えば、ゼネラルマネージャー、スカウト、アカデミーダイレクターなど)を「フロントスタッフ」に含めるのかどうかという認識が、各クラブや内部の人間によってもそれぞれ異なり、用語の定義が統一・浸透されていないためです。2つ目に、仮にビジネス部門のスタッフのことを総じて「フロントスタッフ」と呼称する場合、その中でも、前述の通りフロントオフィス機能とバックオフィス機能の2つが含まれています。同じ「フロント」という用語であっても、ビジネス界で一般的に利用される「フロントオフィス」とサッカークラブの「フロントスタッフ」とでは、意味がイコールではなく混乱を招くためです。
話が逸れましたが、単に扱う商材が「サッカー」というだけであって、ビジネス部門は、基本的には一般的な事業会社が持つ組織構造と大差なく、フロントオフィス機能とバックオフィス機能に分かれる、という理解をしていただければ問題ありません。
▶ビジネス部門の業務内容
各機能の主な業務内容としては、それぞれ下記の通りとなります。
【フロントオフィス】
■営業:
主に法人営業(toB)。スポンサー/パートナーの新規獲得または契約更新に向けた営業・提案活動、及び、既存スポンサー/パートナーへのアクティベーション活動など
■チケット、グッズ、ファンクラブ:
顧客・ファン向けの集客事業(toC)。主にチケット販売に係る票券管理や座席設計、マッチデーイベントの企画、また、会員制のファンクラブ運営、グッズの企画・販売など
■ホームタウン:
サッカークラブが拠点を置く「ホームタウン」の行政やコミュニティとの関係構築(toG的)
※ただし、ホームタウン内の法人への営業や各種サッカーイベントの企画・運営などを含め、各種施策を他部門と横断的に連携しながら実行する、いわば自クラブとホームタウンを繋げる存在
■スクール:
子どもを対象とした「サッカースクール」の企画・運営など
【バックオフィス】
■広報:
クラブ内の取り組みに関する情報発信、メディア応対・リレーション構築など
■試合運営:
Jリーグ公式戦における全体統括。両チームの選手やスタッフ、審判とのコミュニケーションを通じたスムーズな試合運営を行うための各種運営管理や、試合前・中・後のホームスタジアムの運用に関する情報の集約など
■人事、経理、法務、総務、施設管理:
いわゆる一般企業のバックオフィス機能。従業員の採用・評価、支払・会計・決算関係、契約関係、社内ルールの整備・運用、グラウンド等の施設や備品の管理など
一般的には、フロントオフィスとバックオフィスの切り分けは、「顧客と直接的に対面するかどうか」で判断されるものと理解しています。その意味においては、サッカークラブの広報と試合運営は、ファンという顧客と直接的に折衝することもあり、事業会社のそれとは異なるニュアンスを持つでしょう。そのため、サッカークラブにおけるフロントオフィスとバックオフィスの切り分けは、「売上を直接的に生み出すかどうか」という切り口からイメージとしていただくと、理解が容易かもしれません。

▶ビジネス部門への就職事情
多くのJリーグクラブでは、定期的な新卒採用は行っていません。新卒で入社するには、学生時代からインターン生として業務に関わり、能力が認められ、かつ、卒業・就職のタイミングで空きポストがあれば、社員(最初は契約社員が多い)として採用される道が現実的です。一方で、今後「親会社」のパートでも別途詳述しますが、上場企業を親会社に持つクラブの場合は、親会社側の新卒で採用され、出向の形でJリーグクラブに勤務する機会がゼロではありません。(とはいえ、それもケースとしては多くはありません)
インターン生としてJリーグクラブとの関係性を築くためには、クラブで働く大学のOB/OGや、クラブまたはその職員と関係性を持つ大学の指導教員などから案件紹介してもらうルートが有効です。大学で、サッカー部、学連、ゼミなどの活動を通じて、上記のようなOB/OGや教員をワンクッション挟んでインターンに口利きしてもらえると、チャンスは広がるでしょう。または、学生インターンを公募するクラブもあるので、一般採用かつ自由競争にはなりますが、そこに普通応募するのも検討に値します。
現状の業界慣習においてという注釈付きではありますが、個人的におすすめしたいのは、新卒ではなく中途で採用される道です。なぜなら、一般的に多くのサッカークラブにおいては、リソースに余裕がなく、新卒社員を集合研修などOFF JTで教育することが、大企業と比べて得意ではないためです。新卒社員が、ほとんど座学なしのOJTのみで「先輩の背中を見て学べ」的な環境に放り込まれてしまうのは、OFF JTとOJTの掛け算ができる環境と比較すると、やはり成長スピードは劣ります。社会人マナー及びマインドセット、基本的なビジネススキルは大企業で習得し、かつ、自分自身の武器を見極めてからJリーグクラブに転職した方が、入社後に活躍できる確度は高まるでしょう。ただし、逆に言えば、新卒社員研修を大企業レベルで整備しているJリーグクラブが今後出てきた場合は、希望のサッカー業界で働きながらスキルアップも大企業並みまたはそれ以上に見込めるということで、新卒で入社することは十分推奨に値すると考えています。
具体的な中途入社の方法としては、「公募」と現職の知り合いから繋いでもらういわゆる「リファラル採用」の2通りがメインルートとなります。リファラル採用の人づてがない方は、公募や転職サービスにて求人が掲載されたタイミングで応募する方法が現実的です。各クラブが自社HPに掲載する公募、または、「doda」などの転職サイト、最近では「AMBI」や「ビズリーチ」などスカウト型転職サービスでも求人が増えてきたので、これらの情報をくまなくチェックして来たるべき時に備えておくとよいでしょう。ちなみに、クラブオフィス宛に直接CV(履歴書)を郵送してくださる方が一定数いらっしゃいますが、そのルートから採用まで至るケースは極めて稀な印象です。
中途採用において重要となるのは「専門性」です。営業のスペシャリスト、マーケティングのスペシャリスト、イベント運営のスペシャリスト、行政対応のスペシャリスト、バックオフィスのいずれかの領域のスペシャリスト。いずれにせよ、中途社員には即戦力としてパフォームすることが期待されているため、前職で明確な強みや専門性を培っておくとよいでしょう。ひとつ注釈をつけるとすると、サッカークラブはリソースが多くない中小企業であるため、マネージャーレベルや管理職での入社であっても、自分自身が手足を動かせるプレイングマネージャーであると重宝されます。(逆に指示だけマネージャーは、リソースが多くないサッカークラブにおいては、部下からも上司からも評価されにくい印象です)
▶ビジネス部門からのネクストキャリア
ジュニアスタッフの間は、様々な部門でジョブローテーションをしながらサッカークラブ職員としての基本業務を広く経験し、ある程度経験を積んだ段階で、ひとつの部門にとどまり専門性を追求する方が多い印象です。キャリアアップのスピード感としては、大企業ほど上が詰まっているわけではないので、早ければ7-8年、遅くとも14-15年程度務めれば、自身の専門部門における管理職レベル(部長、課長)には到達できるようなイメージです。クラブ規模が小さければ小さいほど、従業員の人数も限られるため、能力が高ければ勤務年数がさほどなくとも、職務範囲が広くなり、かつ、キャリアアップのスピードも速くなる傾向にあります。
いちクラブでのキャリアアップを志向せずに転職する方は、Jリーグクラブで働いているだけあって、サッカー業界またはスポーツ業界でキャリアを築いていくことを検討している方が多い印象です。そのため、転職先としては、他Jクラブへの転職が最も多く、その他には、プロ野球のような老舗業界や、バスケやラグビーといったプロリーグの歴史が浅い業界など、Jリーグというプロリーグでの経験を重宝されて、他スポーツ業界に転職する方も多い印象です。他には、お給料や働き方の観点からJリーグクラブでの勤務継続は断念し、自身がもといた業界や別の業界に専門職として(営業なら営業として)転職する方も一定数いらっしゃいます。優秀な方が前向きに安心してキャリアアップができるような職場環境や給与水準を整備することは、どのJリーグクラブも抱えている課題であると感じています。
最後に補足
これまで私自身、スポーツ部門の人間として情報発信をしてまいりましたが、2024年2月1日をもってスポーツ部門を退任の上、新たにビジネス部門のスタッフに就任しました。ただし、本連載は自分自身の立場によって内容が変わる類のものではないため、引き続き当初の計画通り更新していきます。
ということで次回は、③選手やスタッフを支える「エージェント」についてご紹介します。